自分はあんまり性別とか性嗜好とか、どんなもんだって別に気にしない性質なので(環境もアレだったし)、嫌がる人の気持ちも、肯定的な人の気持ちも、どっちも平常心で聞いていられるけど、少数派のジェンダーを持つ人達には、そんな自分が珍しいからだろうか、異様な執着を見せられた記憶がある。
実際にそんな性嗜好の友人は結構居るし、GIDの友人も居る。
それを理解しようと思って入ったんだよね、そんときは。確か。自分もそんなとこで理解しようとしなくてもいいんだろうけど 笑
けど、どうだろうね。その人は凄かった。別にほしいとも言ってないのに、アンナのやコンナの、と言った具合にガンガン動画を送ってきて、まさに「……フケツ(byマヤ)」的な発言の限りを尽くし、こっちの都合はお構い無しにメルやらメッセやら。。。。
そして言う。「私のことは誰も相手にしてくれない、私がこんなだから」。
はぁ?
ていうかね、「こんな(性嗜好)だから」ではなく、多分お前が相手にされないのは、「そんな人間だから」だと思うよ????汗
と、本気で思ったものだ。
同時に、それで一気に理解した。
そういう少数派のジェンダーを受け入れにくい世の中であることは解かる。けど、それでも頑張ってるひとはいっぱいいるんだよ?と。なりたい自分になる、ってのがどんだけ大変なことか解かってない人だったのかもしれない。それは一致した性別を持って生まれた人間にも同じことが言える、普通の事だ。
世間で言うところのオカマやらオナベさん、百合だの薔薇だの。。。性同一性障害の知人も居る。
別に増やそうと思ったわけではないけど、何かそんな知人が増えた。でも別に特別扱いもしないし、対人間として付き合っている。それだから増えたのかもしれないけど。
それでも、その知人達の中には、少なくとも自分で自分自身を卑下したりするヤツは居ない。堂々として生きている。なりたい自分を、程度はどうあれ立派にこなしている勇気のある人達だと思う。共通の知人や友人もたくさん居るし、何ら隠さずに生きている。凄いと思う。
自分とは明らかに違う、だから排除するという類で片付けられる内容ではないと思う。そもそも分かり合えない訳じゃないし、きちんと話もできる。性別云々の前に、人間なんだから。
まぁ、先述の女装子さんとは無理だったけど(笑
その彼ら・彼女達を見世物扱いする現代の風習もちと微妙だが。でも、そうしなければ自分達は生きていけない、と思っているジェンダーが居るのも事実だ。でも、それに疑問を持つジェンダーも居る。中途半端な存在ではなく、きちんとした性別の確立をしたい人もいる。複雑。
と、ここまで話しておいてあれだけれど、別に性別云々で語ってるつもりはないから、もし読んでいる人の中に上記のジェンダーをお持ちの方が居たら、申し訳ない。
「考え方・生まれた経緯」の違い、と自分は思ってるということ。これはもともと自分が性別を気にしない付き合いをしているからなんだろうけど。だから、性別をものすごく気にしている人にとって、そんな一言に集約されたら、正にそんな人達から非難轟々だと思うけど、たったそれだけの壁が、彼・彼女達に生き難い社会を作っていると思う。人間は少数の異種を隔離したがるものだからね。
当人達にとったらそんな一言ですんでしまえば、「完璧な性」に至るまでの苦難とか道のりを解かって言ってるのかと思うと思いますが、少なくとも何をしなければ「性を一致」させることができないかを、自分は良くわかっている。それに対する反発心を、目の前で見たから。当人にとっったら、屈辱以外の何者でもない。
でも、自分が言いたいのは、そこでもある。
「苦労?だから何さ?」と。
「それだけ苦労してるんだから」って意識があるからそういう言葉が出るのかもしれないよね、それって。
と思ってしまったのは、否定できないんさ。ごめんなさい。そういう言葉が出ちゃうから、やっぱり「違う種類の人間」って思われがちなんじゃないかなってさ。その時の自分は、初めてそういう人を「差別」するのではなく、「区別」したね。「自分とは違う」と。
その苦労であろう苦労を、苦労とも思わず、自分にとっては当たり前の試練なのだと受け取って生活しているジェンダーも居る。自分の知人達はそんなヤツらだ。強さ・弱さを引き合いに出したら、「男女」の前に「人間」は何もできない、それを知っているヤツだ。
その苦労を乗り越えないと、本来の自分になれないんでしょ?じゃぁやるしかないじゃん。
それは別にジェンダー云々とかじゃなくて、人間に対して皆に言えることでしょ。
認められたいなら、まず自分を認めろと。究極でなくてもいい。それが白だろうと黒だろうと自分さえ確立してればそれだけで、自分なら認めるに値する人物だと思えるから。「こんなだから理解されない」なんて言葉、聞きたくもない。
最近話題になりましたね、中村 中さん。才能を取っ掛かりに自分自身を知らしめる事に成功した凄い方だと思います。その経過には想像できないほどの苦労や葛藤があったと思う。
彼女は後に続く同じ苦労を持つ人に、いい効果を与えるのではないだろうかと。
「成功しなければ認められない」
のではなく、
「認められなければ成功とはいえない」
ということ。反応の大小は、自分の満足できるレベルでしかないのだから。
たまたまセクシャルを下地にして書いたけど、それは大なり小なり、成功したいと思う人全てにいえることだと思う。その勇気は、社会の生き難さなんて比べ物にならないほど、薄い壁を越える事でしかない。認められるかどうかなんて、その後の自分の問題だ。生き易いかどうかなんて、人間的な問題でしかない。それを終わらせるか続けるかの選択肢だって、自分の手の中にいつだってある。
「お前なんかにわかってたまるか」
むしろそれを前向きな原動力にしたいね、僕は 笑
失礼しました。
※注 ・ジェンダー→精神的な性別
・セクシャル→身体的な性別
・この言葉の使い分けも好きではないが、念のため。
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