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朔 (櫻 朔夜)
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※イラストは某絵掲サイトにてQサマの線画に塗り・加筆させて頂いたモノです。
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化学変化の仮定と過程
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小説お題:
【冒頭】夏の暑さはまだ地上にずるずると居座り続けている。
【末尾】こういうのを天邪鬼っていうんだよ。



『晩夏』




夏の暑さはまだ地上にずるずると居座り続けている。

 目を醒ますと、アパートの窓から吹き込む風は生暖かく、照りつける光を反射させるようにアスファルトを陽炎が包み込んでいた。
 もう夕方近いのか、目が焼けるような錯覚を起こし、窓から視線を外す。東の空だけは重暗くなり始めていた。 夕立が来るに違いない。

 ぼんやりと、頭の隅でそんな事を考えながら、遠く、微かに聞こえる蜩の声に、僕は夏の終わりの倦怠感を、紫煙と一緒に吐き出す。
 少しは涼しくなるのだろうか。点け放していたテレビは、見ていたバラエティー番組からニュースへと変わっていた。ここ最近、連続して発生しているらしい殺人事件が報道されていたが、プライベートにまで社会の某かを持ち込みたくはない。リモコンを叩くようにして、ニュースを切り、煙草を揉み消す。


 休日の夜に、予定が何も無いのは少し寂しいものだ。誰か同じように暇を持て余す奴は居ないかと携帯を開くと、待っていましたと言わんばかりに、6畳間に着信音が鳴り響く。


「もしもし…」


 見覚えの無い番号に、恐る恐る電話を受けると、相手は2~3日前にバーで声をかけた女、智美だった。何てタイミングだ。
 まくし立てるように話す女だったな、と朧な記憶を辿る。こちらが話さなくても済むのは楽だったが、番号を交換したのは間違いだったかもしれないと、少し後悔した。


 彼女の話は案の定止まらなかった。何本目かの煙草に火を点けて、どちらともつかない相槌を打ちながら聞き流し続けていると、智美が唐突に提案してきた。
「ねぇ、電話も何だから、今から会おうよ」
何も考えずにただ聞いていた僕は、一瞬、彼女が言った言葉を理解できなかった。智美はそれを察したかのように、矢継ぎ早に、場所はこの間と同じバー、時間は夜八時…と、有無を言わさず、あっと言う間に決定していった。
 更に、
「それじゃあ後でね」
と、一方的に電話を切ろうとしたので、僕は腹立たしさを丸出しにして、それを遮った。

「待てよ、僕の都合とか、無いのかよ」


少しの間があった後、受話器の向こうで智美が笑ったような気配がした。


「来ても来なくても、待ってるから」

そう言い残して彼女は電話を切った。

 急に静かになった室内に、智美の、少し含みのある声に変わって、開け放した窓から雨音が響き始めていた。



 「誰が行くかよ」 あの後、既に通話相手の居なくなった携帯に向かって、思わず呟いたのだが、何故か、指定の夜8時前には、大人しく先日のバーへと歩を進めていた。
 雨は上がり、涼しい風がビルの隙間を吹き抜けていく。その風を受けながら、昼間の電話を反芻した。

 普通、番号を交換したとしても、最初に誘うのは男の方だろ?取りあえず番号を聞いても、大して気に入りもしなかった女には連絡しないが。少なくとも僕は今までそうしてきた。
 女は常に連絡を待っているもので、積極的にモーションをかける女など、周りには居なかった。
 智美は一体何のつもりなんだ?僕をからかって楽しんでいるのだろうか?

 そう考えると知らず、苛立ちに比例するように足が早まる。そのお陰で、思ったよりもかなり早く、目的のバーに着いていてしまった。
 腕時計はまだ8時前だったが、僕は鈴の鳴る木製のドアを押し開けた。まだ智美は来ていないだろうと踏んで、薄暗い店内を一瞥した。
 と、カウンターの一番端…更に暗い隅の壁と同化する様にもたれていた為に、僕からは見えなかった女が、急に体を起こし、此方を振り返る。


 今日、2度目に対面する、それが智美だった。


「僕の方が早いと思ってたよ」
手を上げて近付きながら、挨拶もそこそこにそう言うと、
「待ってるって、言ったでしょ?」
彼女は、当たり前のように僕に笑みを投げかける。

 僕は不思議と、苛立ちが夕立後の気温の様に冷えて行くのを、否定できなかった。

 彼女の表情は、その早い話のテンポからは想像できない程、穏やかなものだった。前回、僕は酔っていたのだろう、目の前の女性は、記憶とは全くの別人のようだった。
「だけど、来ないかと思ってた」
智美は既に頼んでおいたのか、用意されていたコースターの上に、若いバーテンダーが置いたカクテルグラスを、僕に勧めながら続けた。
「僕は天邪鬼だから」
グラスを受け取りながら、それに応える。
「何、それ」 智美は可笑しそうに笑った。

  現に昔から僕はそうだったから、偽り無く言った言葉を笑われるのは心外だったが、自分を良く見つめた結果だ。
 社会人になり、旨く社会を渡る術は否応にもなく身に付いた。嘘とおべっかで塗り固めてきた人生は、既に嘘ではなく、僕の生き方として真実になっていた。
 今日の智美の誘いでさえ、本当は不快に思っていたのに、それを言えずに結局会いに来てしまった。単に彼女のペースに巻き込まれてしまったと言えばそれまでだが、有無を言わさないその話術に、はめられたのは確かだ。

「ちょっと、何暗い顔してるの?」

思考を打ち消すように耳に飛び込んだ言葉に、僕がはっとすると、智美は僕の腕に手を置いていた。それに違和感なく甘んじていた自分に軽く驚きながら、考え込んでいたことを詫びると、
「いいのよ」
カクテルグラスを、右手で紅い口元へと運びながら、左手をヒラヒラさせて彼女は言った。


「それより天邪鬼さん、得意の方便で、私を楽しませてよ」





 僕達は暗いカウンターで、恋人ごっこをしているかのようだった。
 酔いも手伝ってはいたのだろうが、会って2回目とは思えないような親密な空気に、こういう状況に不慣れな僕は、段々と、彼女が僕を誘った理由が気になってきた。
 否、男なら、誰もが不思議に思うに違いない。少しの期待だって、許されるはずだ…

 すると、それを見透かしたかのように、彼女がそっと僕に耳打ちした。

「アナタとは、また逢いたいと思ってたの」

真っ直ぐに僕を見る目には偽りは感じられなかった。




 僕達はタクシーに乗っていた。『逢いたかった』と聞いて、今度は僕が智美を自宅に誘った。彼女は静かに頷いた。
 寄り添うようにバーを後にし、すぐにタクシーを拾った。夜の繁華街はネオンと車のライトで、昼間とは逆に、夜更けの空が地上から照らされていた。
 僕と智美は押し黙って、窓の外をじっと見ていた。ただ、握った互いの掌だけが、焼けたアスファルトのように熱かった。


 アパートに戻るとすぐに、僕は智美に風呂を促した。彼女が着られそうな着替えを手渡すと、
「覗かないでね?」
と、お決まりの台詞と、照れたような笑顔を残して、智美は浴室に消えた。

 聞こえてきた、雨のようなシャワーの水音を背に、僕はテレビをつけた。夕方見ていたニュースと代わり映えしない。僕には耳を素通りするだけの遠い出来事だ。今は特に。

 僕は智美の事を考えることにした。彼女は今、僕の部屋にいる。昼間はただのウルサい電話相手だった。『逢いたかった』という彼女の言葉を聞いた今なら、僕には今まで経験の無かった、女性から誘われる…というシチュエーションにも納得がいく。
 そればかりか、僕も彼女に惹かれていた。何故、初日にその魅力に気付かなかったのだろう。はめられた、などと思ってしまった自分を恥じた。


 浴室からは相変わらずの水音に混じって、智美の小さな鼻歌が聞こえる。
 一向に興味を引かないニュースは消し、鼻歌をBGMに煙草を吸う。部屋の灯りに誘われた虫が数匹、窓の外から僕を見つめる中、彼女となら、この僕の偽りにまみれた人生を是正できるかもしれない、とすら思い始めている事に気付き、1人微笑むのを止められなかった。


 そうこうするうちに、智美が風呂を出た気配がした。それと同時に僕の意識は別な方へと飛躍する。彼女の体躯、彼女の声、彼女の…


 智美が、やっと浴室から出て部屋に戻った。
 煙草で白く煙った所為で少々蛍光灯の灯りが遮られている気もしたが、風呂上がりで少し蒸気した頬の智美は、ダウンライトの下、美しく見えた。

 「いいかな?」
おずおずと聞く彼女に、隣を指差し、無言で『おいで』と手招きする。彼女がそこへ腰掛けると、部屋の空気が移動し、良い香りが辺りに漂った。
 まるで初夜を迎えるような心境だった。髪を撫でると、
「同じ匂いだね」と、智美が笑った。
 それを聞いて微笑み返しながら、きっと僕達はこうなるように運命付けられていたに違いないと、一層、智美を愛しく感じた。そう思わせる胸の疼きが心地よくて、彼女の長い髪に顔を埋め、細い体を強く抱いた。
 早鐘を打つ鼓動が、彼女への想いを表しているかのようだ。聞こえてしまいはしないだろうか、嗚呼、僕は彼女に恋をしている。

こんなにも胸が熱い…




   熱い?




 彼女の髪から落ちる、冷えた水滴とは別の、熱いものが体を伝う感覚と、いつから聞こえていたのであろうか、彼女の含み笑いとで、僕は我に返った。
 胸の熱さは、それと同時に激痛へと変わった。

 「きゃっ!」 彼女を突き飛ばすと、小さな悲鳴が漏れたが、智美は笑いを止めない。
 手には刃渡り20㎝はあろうかというサヴァイバル·ナイフが握られていて、鈍い蛍光灯の光を受けて赤黒く反射している。


 体を伝っていた熱いものが自身の血液であることを認めた僕は、唐突に胸にできた刺傷を、どうにもできず、ただ掻きむしりながら、床に崩れ落ちた。



「私を楽しませてよ」



 数時間前にも聞いた同じ言葉が、再び智美の口で繰り返された。あの笑顔と、真っ直ぐな瞳も全く同じだった。


「何で…」


熱かった体が、失血で急激に冷えてくるのを感じながら、僕の頭は、昼間から消し続けたニュースを思い出していた。
【通り魔的犯行、愉快犯、被害者は全て男性、凶器はナイフ…】


 様々な記憶が速い速度で脳裏を掠めていく。今夜は熱帯夜だった筈だ、何故だろう、寒い。
 だがそれらも次第と遠ざかる。暗雲が立ち込めた、夕立前の空の様になりつつある視界の端に、彼女を捉えた。
 智美はまだ笑っていた。僕は抜けていく力を振り絞って、彼女に再び問い掛けた。

「何で…」

彼女は更に目を細めた。それは夜叉の形相だった。整った顔が歪み、さっきまでとは明らかに違う低い声が、室内に静かに響く。

 「こういうのを天邪鬼って言うのよ」

彼女はそう言って、今まで見た中で、一番美しく笑った。



 窓の虫は何処かへと行っていた。 智美が何か言っているが、もう聞こえない。



 そういえば天邪鬼は、元は女性の悪鬼だったな……



 彼女の笑顔が焼き付いて離れなかった瞼が、落ちるのを感じた。







     夕立の音がする







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