そんな彼女の歯車のズレは、ある日唐突にやってくる。
---風を纏うヒト
それが彼女の前に現れた。
一瞬で目を奪われる。
他人への初対面での強烈なインパクトはそれが初めてだった。
彼女は思う。
---あれが欲しい。
彼女はそれを手に入れる。
それはごく簡単に手に入るものだった。
そして、簡単に壊れるものだった。
それを知りながら、彼女はそれを手に入れた。
そのヒトは彼女の思考回路を根底から覆す。
予想のできないニンゲン、初めての感覚。
上昇する感情、満たされる心、彼女は幸せだと思った。
けれどそれは
やはり壊れる運命で。
彼女はそのヒトとの決定的な違いを知る。
苦しいと思う。
無駄なこと、自分の信念において意味のないことを全て排除してきた彼女は
無駄だと思うそのヒトをどうしても排除することができない。
彼女は自分に命が宿ることを望み
そのヒトはそれを拒む
それが何故かも分かっていながら彼女は
抑制の効かない感情と
歯止めの利かない欲する気持ちを
ただどうすることもできずに抱え込む。
逃げ出せど逃げ出せど
そのヒトの風が吹く。
執拗に背後からの風を受けて彼女は
そろそろ風化して砕け散りそうだ。
それ程感じてきたことのない疑問符だらけの自問自答。
どうして?
なぜ?
どうして私はだめなの?
なぜ彼女はよくて私はだめなの?
そのヒトと居る事で全ての歯車が狂い出す。
風はかまいたちの様に、草を撫でる涼風から
彼女を切り刻む凶器へと変わる。
その突風は、やり過ごせない。
それを分かって彼女は応える。
----ここへ向かって吹けば良い、と。
その身を晒して、彼女は目印の長い髪をはためかす。
風はそこへと吹き
歯車の軋む音さえ掻き消して上昇気流へと変わる。
その気流はやがて雨となって
彼女の全てを押し流すだろう。
そのヒトにとって彼女が何であるのか
彼女は分かっているから応え続ける。
軋む音には耳を塞いで。
彼女にとってそのヒトが何であるのか
彼女は分かっているから叫び続ける。
軋む事など何も無かった。
彼のヒトのその風が
いつか彼女の風車を回しその動力を伝え
或る女の壊れかけた歯車をただ、回し続けてくれることを
彼女はただただ、待っている。
琴線に触れ呼び覚ましてくれたことに
聴こえぬ声で感謝と助けを叫び続けて。
そんな或る女を
私は知っている。
ただそれだけの、とあるお話。
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